東京高等裁判所 昭和33年(ネ)988号 判決 1958年9月26日
控訴人(原告) エム・シー・ソダノ
被控訴人(被告) 東京国税局長
原審 東京地方昭和三一年(行)第九〇号(例集九巻四号68参照)
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人訴訟代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和三十一年六月二十九日付でなした、控訴人の昭和二十九年度所得税に関する審査請求を棄却する旨の決定はこれを取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上及び法律上の陳述並びに証拠の提出及び認否は、控訴人訴訟代理人において、「所得税法第四十九条第六項の規定によれば審査の請求に対する決定は理由を附記した書面によつて請求者に通知しなければならない。従つて審査決定の適法性の有無の判断は、その結論と判断の理由についてその限度内においてのみなし得るものというべきである。故に審査決定をした者は、これに示されていない事由を決定の適法性を理由付けるものとして訴訟の段階で新たに主張することはできず、裁判所もかような新たな主張について判断することはできない。本件において、昭和三十一年六月二十九日附被控訴人の審査決定通知書には、理由として、『あなた(控訴人を指す)の給与を受けているインターナシヨナル、ジエネラル、イレクトリツク社は租税特別措置法第五条の二第一項に規定する法人の事業を営むものとは認められません。従つて麹町税務署長の行つた更正処分には誤りがないと認められますので、審査の請求には理由がありません。』とあるだけで、一言半句も租税特別措置法第五条の二第二項に規定する手続規定の判断にはふれていない。然るに被控訴人が原審において新たに右規定による手続の履行されていなかつたことを審査決定を維持する理由として主張し、原裁判所もこれを採用して、審査決定に附記された理由の当否を判断することなく控訴人の請求を棄却したのは、訴訟物に対する判断を逸脱したものであつて違法である」と付加し、証拠として新たに甲第六号証を提出し、被控訴人訴訟代理人において、「控訴人主張事実中本件審査決定の通知書に控訴人主張のような理由を附記してあつたことは認める。」と答え、甲第六号証の成立を認めたほかは、いずれも原判決事実摘示の記載と同一であるから、これをここに引用する。
理由
当裁判所は、当審において新たに提出された証拠を参酌しても次の諸点を附加するほかは原判決の理由中の説示と同一理由により本訴請求を認容すべきものでないと判断するから、原判決の理由の記載をここに引用する。
附加する点は次のとおりである。
一、本件に適用される旧租税特別措置法(昭和二十一年法律第十五号の改正規定)第五条の二第二項、第五条第二項によれば、同法第五条の二第一項の規定の適用を受けようとする者は、当該給与所得の支払者を経由して所定の申告書を政府に提出しなければならないものとされ、これは同法第五条の二第一項の規定が所得税に関する一般規定の特別規定であるため、納税者の申告を俟つてはじめてこれを適用することとするとともに、その申告をしなかつた者に対してはその適用をしない旨を定めたものと解せられる。従つて納税者の申告がなかつた以上税務官署においてはこれを適用する義務がないばかりでなく、その申告がないのに職権で右規定を適用することもできないものと解すべきである。従つて控訴人が右申告をしなかつた本件においては、控訴人は前記規定の適用を受けることはできない。
二、本件においては、被控訴人の審査決定書には、理由として控訴人が給与を受けている法人は右規定に該当しない旨を記載してあつたこと当事者間に争がないところであるけれども、それは控訴人の右申告の懈怠を宥恕する趣旨ではなく(税務官署においてかような宥恕をなすことができる旨を定めた規定はない。)、たとえ控訴人において所定の申告をしたとしても右規定の適用を受ける資格がないことを示すことによつてこの問題に関する被控訴人の最終の見解を明らかにするに在つたものと解せられる。従つて、右審査決定書の理由に申告書不提出の点を示していないからという理由で右申告書不提出の違法が治癒されたものということはできない。
三、控訴人は、本件審査決定の合法性を判断するについて当該審査決定に示された理由と異る他の新たな理由を以てすることは違法であると主張するが、抗告訴訟においては、訴訟の対象となつた行政処分そのものの合法性が審査されるのであつて、当該処分に行政庁の附した理由の当否だけが審査されるものではない。審査請求を棄却した決定に附せられた棄却の理由が仮に違法であるとすればその理由だけでは当該決定の合法性を支持することができず、延いて当該決定の効力そのものを否定しなければならないことになる場合があるけれども、もし当該審査請求には他にも欠陥があるためこれを認容することができないものであるときは、当事者がその事由を訴訟上新たに陳述することにより原決定の合法性を主張することは一般に自由であつて、裁判所も、当該審査決定に附せられた理由の内容だけに限定されることなく訴訟において当事者の陳述した事由のすべてを考慮した上原決定の合法性を判断しなければならない。その結果当事者の新たに主張した理由により当該審査請求が理由なく原決定が結局適法であると認められたときは、たまたま審査決定書に附せられた理由が違法であつたというだけの理由で原審査決定の効力を否定することはできない。本件においては、既に説示したように、控訴人は、前記法律第五条の二第一項の規定の適用を受けるために法律上必要とされている申告をしなかつたのであるから同条の適用を受けることができないものであり、従つて同条の適用を受けることができることを主張する控訴人の本件審査請求はこれを容れる余地のないものであり、これを棄却した被控訴人の審査決定は結局正当であるから控訴人の主張は採用できない。
以上の次第であるから、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条により本件控訴を棄却すべく、控訴費用の負担につき同法第九十五条、第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 川喜多正時 小沢文雄 位野木益雄)